大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和43年(オ)749号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人白井正明の上告理由一および二について。

賃借人が賃貸人の承諾を得ないで賃借権を譲渡しもしくは賃借物を転貸した場合においても、賃貸人と賃借人との間の信頼関係を破壊するに足りない特段の事情があると認められるときには、賃貸人は、民法六一二条に基づいて賃貸借契約を解除することができないものと解すべきである。そして、この理は、土地の賃貸借契約において、賃借人が賃借権もしくは賃借地上の建物を譲渡し、賃借物を転貸しまたは右建物に担保権を設定しようとするときには賃貸人の承諾を得ることを要し、賃借人がこれに違反したときは賃貸人において賃貸借契約を解除することができる旨の特約がされている場合においても、異ならないものと解するのが相当である。

原判決(およびその引用する第一審判決)は、本件土地賃借人訴外和田中三が賃借地上に所有していた第一審判決別紙目録第二(イ)記載の建物については、同人から訴外鎌田千代子に売買による所有権移転登記がされているが、実体上そのような譲渡はなく、また、訴外伊東常郎が和田中三に対する債権の代物弁済として右建物の所有権を取得したこともなく、したがつて、その敷地部分の土地につき右鎌田または伊東に賃借権の譲渡もしくは転貸がされたものではないこと、その後右建物につき右鎌田から訴外佐藤信次郎に売買を原因とする所有権移転登記がされたが、その実体は、和田中三が佐藤に対し借受金債務のため右建物を譲渡担保に供したものにすぎず、その前後を通じて右建物は和田中三とその家族の居住の用に供され、敷地利用の実体にほとんど変更がなく、しかも、上告人主張の契約解除の日より七年以上前である昭和三〇年五月中に、債務の弁済によつて佐藤の担保権は消滅したものであること、和田中三は右譲渡担保の解消により右建物の所有名義を回復するにあたり、右建物に同居する長男である被上告人に右建物を贈与し、便宜佐藤から直接被上告人に所有権移転登記をさせたものであること、次に前記目録第二(ロ)記載の建物については、和田中三がこれを建築したのち、右佐藤に対し借受金債務のため譲渡担保に供し、便宜佐藤の名義をもつて所有権保存登記を経由したが、和田中三が右建物を第三者に賃貸していて、佐藤においてこれを現実に使用収益したことはなかつたこと、和田中三の死後の昭和三三年五月、その共同相続人において佐藤に対する債務を弁済して右担保権を消滅させ、昭和三七年一二月、共同相続人の一人である被上告人へ佐藤からの売買名義により所有権移転登記をしたものであること、以上の事実を認定判示しているのであつて、右判示に所論の違法はない。そして、右事実関係のもとにおいては、賃借地上の建物について所有名義の移転ないし担保権の設定があつても、敷地の賃貸借契約について賃貸人に対する信頼関係を破壊するに足りない特段の事情があるものと認めることができ、したがつて、上告人は、賃借権の無断譲渡、転貸または前記特約違反を理由に賃貸借契約を解除することはできないものというべきであつて、これと趣旨を同じくする原審の判断は正当であり、論旨は採用することができない。

同三について。

建物所有を目的とする土地の賃貸借契約において、賃借人が新たに賃借地上に工作物を建設しようとするときはあらかじめ賃貸人の承諾を得ることを要し、賃借人がこれに違反したときは賃貸人において賃貸借契約を解除することができる旨の特約があるにかかわらず、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで賃借地上に新たな建物を建築した場合においても、この建築が賃借人の土地の通常の利用上相当であり、賃貸人に著しい影響を及ぼさないため、賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは、賃貸人は右特約に基づき賃貸借契約を解除することはできないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和三九年(オ)第一四五〇号、同四一年四月二一日第一小法廷判決、民集二〇巻四号七二〇頁参照)。

原審の確定した事実関係のもとにおいては、訴外和田中三が前記目録第二(ロ)記載の建物を建築したことは本件賃借土地の通常の利用上相当な範囲を出ないものといえないことはなく、これによつて賃貸人に著しい影響を及ぼさないものと認められ、賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りない特段の事情がある場合にあたるものと解されるのであるから、上告人は、右建築が上告人の承諾を得ないでされたことをもつて、前示特約に違反するものとして、賃貸借契約を解除することはできないものと解すべきであり、これと趣旨を同じくする原審の判断は正当であつて、これに所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例